変化球が曲がるのはなぜかを調査(1.仕組み編)

変化球の仕組みについて調べたところ、一つではなく複数の説が出てきました。なのでここでは、個人的に納得できた説を自分なりに解釈してまとめたいと思います。

なお変化球の仕組みを説明するのは流体力学という学問になりますが、この流体力学というのは非常に奥が深いです。私も色々調べましたが、理解の追い付いていない部分が多々あります。難しかったら読み飛ばしてください。そして内容が間違っていたら、すみません。

 

では改めて、変化球が曲がる原因は何か。一言で表せば、後流です。

 

と言われても、後流とはなんのこっちゃという感じです。そこでまず、空気中をボールが進むときの流れを見てみましょう。

実際は止まっている空気中をボールが進むわけですが、わかりやすくするためにボールを止めて空気を流します。相対速度というやつですね。

 

これで何の問題もないように見えますが、実際の空気はこのようには進みません。下の図に示すように、ボールの中心(図の①)に比べてボールの後方(図の②)では、ボールの分だけ面積が広くなっています。ここで、空気の量は面積×速度で表されるのですが、①から②に進む間に空気の量は変わらないので、面積が広くなる=速度が遅くなるということになります(質量保存則)。さらに、速度が遅くなると圧力が高くなるという法則があります(ベルヌーイの定理)。……まあこのあたりも流体力学の小難しい話なので、細かくは突っ込みません。ベルヌーイの定理は「変化球 仕組み」でググると出てきますかね。

さらに小難しい話が続きますが、もう一つ。実際の空気は、粘性という性質を持っています。粘性を持つと摩擦が発生します。ボールに近いところの空気は、ボールとの摩擦により引っ張られ、速度が小さくなります。そんな状態で圧力の高いところへ突っ込んでいくので、速度はますます小さくなり、ついにはボールから数ミリの厚さまでは速度が0に達します。するとそれまでボールに沿って進んでいた空気が、ボールから離れるのです。これを剥離といいます。

さて、剥離が起こるとどうなるか。空気の流れはこのようになります。

先ほどの剥離していない図と比べると、ボールのすぐ後ろの領域では空気がすかすかになっていることがわかります。この領域を後流といいます。そう、これが後流です。

 

後流にたどり着いたところで、今更ですがボールに働く力についてまとめます。

1.重力

重力の説明は省略します。計算は以下の式でできます。

mはボールの質量、gは重力加速度(=9.8 m/s²)です。

 

2.抗力

いわゆる空気抵抗です。抗力には大きく分けて二つあります。

2.1.粘性抵抗

先ほど、空気の持つ粘性という性質によって摩擦が生まれるといいましたが、その摩擦による抵抗を指します。粘性抵抗は速度に比例します(F=kv)。しかし速度が速いとき(厳密に言えばレイノルズ数というものが大きいとき)は無視していいほど小さいらしいので、今回は取り扱いません。

2.2.慣性抵抗

慣性抵抗の原因は、後流です。後流は剥離によってボールの後ろ側に生まれる、空気がすかすかの領域です。後流が発生すると、ボールの前後で空気の量に差が生まれ、圧力の差ができます。圧力の高い空気が圧力の低い方へとボールを押すため、力が生まれます。

抗力は以下の式で表すことができます。

CDは抗力係数、ρは空気の密度、vはボールの速度、Aはボールの断面積です。

「抗力係数とはなんぞや」という質問には、後ほど答えます。

 

3.揚力[1]

揚力はボールが回転しないと働きません。ということで、ボールが回転したときの空気の流れを見てみましょう。

回転するボールに引きずられて、ボールの上側では空気の剥離する位置が後方へずれ、ボールの下側では剥離位置が前方へずれています。その結果、後流はやや下へ曲げられる格好になります。進んでいた空気が曲がるとどうなるか。車がカーブを曲がるときと同じように、遠心力がかかります。上側の空気はボールから離れる方向へ、下側の空気はボールに押し付けられる方向へと力がかかるのです。これにより、ボールの上側では空気が疎になって圧力が小さく、下側では空気が密になって圧力が大きくなります。めでたく圧力差が生まれ、ボールは上へと押されるわけです。

揚力は以下の式で表すことができます。

CLは揚力係数、ρは空気の密度、vはボールの速度、Aはボールの断面積です。

「揚力係数とはなん……」という質問には、ここでお答えましょう。

 

揚力係数は物体の形状と向き、流体の物性、マッハ数、レイノルズ数などによって変化します。が、「など」と言われても困ります。

そこで縫い目のないボールで実際に実験をした結果[2]を見てみます。

もちろん私が実験したわけではなく、論文に載っていたデータをめちゃくちゃ簡略に書いたものです。先ほど放置した抗力係数についてもまとめて述べますが、抗力係数CDと揚力係数CLはこのようになるそうです。ここで横軸のSPとはスピンパラメータのことで、ボールの回転数と速度の比を指します。SPは以下の式で書くことができます。

rはボールの半径、fは回転数[rps]、vはボールの速度です。

SPはボールの回転数が増えれば増えるほど大きくなります。そのため回転数が多い=SPが大きい=曲がりも大きい、となるかと思いきや、そうではないようですね。抗力係数も揚力係数もSPによって上下します。この理由にも、やはり後流が関係してきます[3]。

 

まず①の領域では、ボールの回転に引きずられて、ボールの上側では剥離位置が後方に、ボールの下側では剥離位置が前方へ移動します。そのため後流が下を向き、上向きの揚力が発生します。回転数が大きくなれば大きくなるほど、空気が引きずられて剥離位置がずれていくので、揚力係数は大きくなります。また抗力係数は緩やかに大きくなっていきます。……が、①の領域の抗力係数については一定という実験結果もあり、ここだけは少し曖昧です。

問題は②の領域です。揚力係数はぐっと下がり、抗力係数もやはりぐっと下がっています。これは負のマグナス効果と呼ばれる現象です。

流体は速度が上がると、乱流という状態に移行します。文字通り乱れている流れですね。

乱流が発生すると、渦が空気(厳密に言えば運動量、空気の質量×速度)を壁面に供給してくれます。そのため、空気がボールの壁面に長くとどまることができ、剥離する位置が後方へずれます。乱流は速度が速い場合に発生するので、この剥離位置のずれは、まずボールの下側で起こります。ボールの下側では、ボールの回転方向と空気の流れが逆で、ボールに対する空気の相対速度が速いですからね。

下側の剥離位置が大きく後方へずれたことにより、後流が上を向くので、揚力は下向きに働きます。また後流の面積がぐっと減るので、ボール後方の圧力の低い領域が小さくなり、圧力差が小さくなって抗力も低下します。これが②の領域で起こる現象です。今さらっと説明しましたが、抗力を左右するのは後流の面積の大きさです。したがって先ほどの①の領域では、回転数が増えるにしたがって後流がやや大きくなっていると言うことになりますね(①では抗力が変わらない説を唱えるなら、後流の面積は変わらない)。

 

続いて③の領域。ここだけは説明してくれる論文が見つからなかったので、私の考えを述べさせていただきます。といっても、②の説明とほとんど同じですが。

先ほどボールの下側で乱流が起こり、剥離位置がずれるという話をしましたが、さらに回転数が上がればボールの上側でも流れが乱れ、乱流が起こることが予想されます。すると後流はこんな感じになるはずです。

ボールの上側の剥離位置が下側の剥離位置を再逆転し、後流は再び下向きになります。その結果、揚力は再び上向きに働くようになります。またボールの下側のみならず上側も剥離位置が後退したことから、後流の面積はさらに減少し、抗力はもっと小さくなります。

 

最後に④の領域では、乱流への移行が終わり、再びボールの回転の影響が効いてきます。ボールの回転により剥離位置が引きずられ、ボールの上側では剥離位置は後方へ、ボールの下側では剥離位置は前方へ移動します。その結果後流は下向きになり、上向きの揚力が発生します。また後流の面積が大きくなるので、抗力も増加します。

 

以上、後流に注目しながら、回転数が大きくなる(=SPが大きくなる)と揚力・抗力がどうなるかを見てきました。ざっくり言えば、回転数の増加に伴って揚力は増加→減少→増加、抗力も増加→減少→増加します。しかし、実際の野球ボールを投げた際、揚力・抗力の変動はこのようにはなりません。

 

「なんでやねん!」

と思った方。さりげなく書いたのですが、上のグラフは縫い目のないボールにおける実験結果です。縫い目がないときの揚力・抗力の変化と、縫い目があるときの揚力・抗力の変化はまた違うのです。

では、縫い目があるとどうなるのか。縫い目により空気の流れが乱され、乱流が起こりやすくなります。縫い目がないときのグラフの①と②の領域はもう存在しません。しょっぱなからボールの上側と下側で乱流が起こり、剥離位置は後方へと移動します。これにより抗力は減少します。同時に、剥離位置は回転により引きずられるので、後流は下を向き上向きの揚力が発生します。

乱流への移行が終わったら、あとは④と同じですね。グラフで表すとこんな感じ。

抗力は減少→増加、揚力は増加します。これが野球ボールの抗力係数・揚力係数の変化です。

 

以上が変化球の仕組みについて調べた結果です。まとめます。

 

ボールに働く力

・重力

 地球に引っ張られる力。以下の式で表せる。

・抗力

 空気が剥離→後流の発生によりボールの前後で圧力差が生まれる。圧力差により、ボールの進行方向に対して前から押される。抗力係数は回転数の増加に伴い、乱流により剥離位置が後方へ移動して減少→乱流遷移が終わって増加。以下の式で表せる。

・揚力

 剥離位置が非対称になり、後流が上下を向くことにより生まれる。縫い目のあるボールではいきなり乱流に推移するので、効いてくるのはボールの回転に引きずられる剥離位置の非対称のみ。よって回転数の増加に伴い、揚力係数は増加。以下の式で表せる。

 

以下は余談ですが、私が調べた変化球の仕組みの説の一つに、ベルヌーイの定理に基づくものがあります。ベルヌーイの定理とは、簡単に言えば圧力と速度のエネルギー保存則です。式で表すとこんな感じ。

ボールの速度をv、ボールの回転速度をvr=2πrfとすると、ボールの上側の空気の速度はv+vr、ボールの下側の速度はv-vrなので、

となり、上側と下側の圧力差が算出されました。ボールに働く力は圧力×面積で表せるので、まあボールの全断面積に圧力差は生じないとして、1/4くらいの面積を考えると、

と表せます。

一方、剥離位置から導く揚力はF=CLρv²A/2で表せます。揚力係数CLは、縫い目のある野球ボールを人間が投げられる範囲では、スピンパラメータSP=2πrf/vに比例するという実験結果があります。これを揚力の式に入れてみると、

なんとベルヌーイの式から求めた結果と一緒になりました。

ただベルヌーイの式の途中で使った「面積はなんとなく1/4説」がかなり怪しかったり、ベルヌーイの式では揚力が下を向く負のマグナス効果が説明できなかったりするので、ここではあまり推せなかったというのが個人的な感想です。

 

参考文献

[1]丸山祐一、“マグヌス効果の物理的メカニズムについて”、日本航空宇宙学会論文集、Vol57、No.667、309-316(2009)

[2]宮嵜武、守裕也、“身近な流れの制御”、ながれ38、443-448(2019)

[3]高見圭太、宮嵜武、姫野龍太郎、“バックスピンする球体に働く負のマグナス力~飛翔実験による測定~”、ながれ28、347-356(2009)