変化球が曲がるのはなぜかを調査(3.計算編)

最後に、変化球の軌道の計算を行ってみました。もちろん厳密なものではなく、前回・前々回の内容を踏まえて、なんとなくやってみたもの。計算式が多いので、興味のある方だけ読み進めてください。

まず運動方程式より、以下の式が成り立ちます。

Fは力、mはボールの質量、aは加速度、vはボールの速度、tは時間です。さらに速度の定義より、

xは距離です。これらの式から、以下の式が導けます。

上の式により、時刻t=0から順々に速度と位置を追っていけます。ボールの質量mは145 g、時間間隔dtは0.001秒とでもしておいて、大切なのは力Fです。改めてボールに働く力を確認します。

・重力

下向き(以下、-y方向)の力です。

 

・抗力

ボールの進む方向と逆(以下、-z方向)の力です。

CDは抗力係数、ρは空気の密度、Aはボールの断面積です。抗力係数はスピンパラメータSP(ボールの回転速度とボールの速度の比、SP=2πrf/v)によって変わります。詳しくは前々回に説明しましたが、SPが大きくなるにしたがって抗力は減少→増加します。

 

・揚力

抗力と似た式ですが、揚力は以下の式で表されます。

CLは揚力係数です。抗力係数もSPによって変わります。縫い目のある野球ボールの場合、揚力係数とSPはだいたい比例関係にあります。

さて揚力の向きですが、前々回の説明ではバックスピンを例にとり、上向きの揚力が発生していました。しかしスライダー回転ならば左方向(右投手の場合)への揚力が発生します。フレミングの左手の法則ならぬ右手の法則を使い、人差し指をボールの進行方向、親指を回転軸に合わせたときに、中指の向く方向が揚力の方向なのです。

ここで、ボールの回転軸の角度を表すパラメータを導入します。

回転軸が3塁方向を向いているとき(φ=0、θ=0)、揚力は上方向となります。また回転軸が上方向を向いているとき(φ=90°)、揚力は1塁方向となります。よって3塁方向の揚力と上方向の揚力はそれぞれ以下のように表せます。

回転軸の角度を持ち出したついでに、抗力係数についても補正をかけます。ジャイロボールの件で触れましたが、ボールがジャイロ回転すると抗力係数は小さくなります。ボールの回転軸と抗力係数の関係についた論文を見つけられなかったので、ざっくり直線にしてしまいました。回転軸が完全に進行方向と垂直の場合はCDは1倍、進行方向と平行の場合はCDを0.71倍にします。

また抗力係数と揚力係数の値については、いくつかの論文を参考にしつつ、こちらもえいやと直線を引いて勝手に決めました。

言い忘れましたが、これらの抗力係数・揚力係数の関係が適用されるのは、ボールの回転速度が速い場合です。ボールの回転速度が遅い場合、というかナックルの場合の抗力係数・揚力係数はこちら(再掲)。

さて、以上をまとめると、ボールに働く力は以下のように書けます。

・x軸方向(3塁方向)…揚力

・y軸方向(上方向)…揚力&重力

・z軸方向(進行方向)…抗力

※抗力係数・揚力係数はグラフの通り、抗力係数はジャイロ補正をかける

 

この力をもとにそれぞれの方向の速度、そして位置を求めます。

この計算をしてみた結果を下に載せます。リリースポイントをx=0m 、y=1.8m(ざっくり投手の背の高さ)、z=0.6m(投げるときはプレートから一歩踏み出すので)、重力も揚力も抗力も働かないときのゴール地点をx=0m 、y=1.8m、z=18.44mとしました。ちなみに球速・回転数・回転軸のデータは以下の論文の結果を使わせていただきました。大学生や社会人、プロの投手が投げた球を観測した結果だそうです。

 

球速[km/h]

回転数[rpm]

方位角[°]

仰俯角[°]

ストレート(フォーシーム)

133

33.7

27

-32

スライダー

117

35.4

98

19

カーブ

103

34.6

140

30

チェンジアップ

118

21.0

32

-55

フォーク

121

15.8

64

-45

カットボール

124

34.4

74

-1

ツーシーム

129

27.8

25

-44

スプリット

125

20.8

49

-32

シュート

129

29.9

25

-41

シンカー

116

25.2

96

-79

 

こちらが計算したボールの軌道となります。左下がピッチャーから見た軌道、右下が打者から見た軌道、赤枠はストライクゾーン(だいたい)です。

計算結果を簡単にまとめたいと思います。

・ストレート

全球種の中で最も球速が速いので、打者の手元に届くまでの時間は最も短いです。バックスピンがもっとも効いているので上向きの揚力が大きく、全球種の中で最も高い位置に落ち着きます。そしてやはりシュート回転をして、けっこう右に曲がっていますね。

・スライダー

スライダー回転により左に曲がって行きます。球速は遅い方なので到達時間が遅く、また重力の影響を長く受けるのでけっこう落ちています。

・カーブ

唯一のトップスピンにより下向きの揚力が発生するので、他の球種に比べて大きく落ちています。グラフに入りきらずに地面にめり込んでしまいました。また上の図を見てもわかりますが、かなり球速が遅いです。

・チェンジアップ

横の移動量はストレートとほぼ同じですが、ストレートよりもかなり球速が遅いです。そして落ちます。

・フォーク

球速はチェンジアップよりも速いのに、チェンジアップと同じくらい落ちています。チェンジアップが遅い球、フォークが落ちる球というイメージ通りですね。

カットボール

前回の説明でストレートとスライダーの間のような球種と書きましたが、まさにその通りの結果となりました。シュート回転のストレートとスライダー回転のスライダーの間ということで、横の変位量はほぼ0。縦の変化もストレートとスライダーの間くらいで、球速もストレートとスライダーの間です。

ツーシーム

ストレートよりも若干球速が遅く、シュート回転により右へ移動し、また落ちています。

・スプリット

前回の説明ではストレートとフォークの間という話をしましたが、こちらもその通りとなりました。どちらかというとフォークの方が近いです。フォークよりは速い球速で、フォークほどは落ちません。

・シュート

シュート回転によりストレートより右へ移動します。前回も触れましたが、ツーシームとほぼ同じですね。

・シンカー

シュートよりも右に曲がり、またかなり落ちています。ちょうどスライダーと左右対称のような動きです。

 

永見智行、木村康宏、彼末一之、矢内利政、“野球投手が投じる様々な球種の運動学的特徴”、体育学研究 61(2)、589-605、(2016)

 

またナックルについての計算結果はこちら。

 

球速[km/h]

回転数[rpm]

方位角[°]

仰俯角[°]

ナックル

140

0.6

0

90

左、右、左、と見事にゆらゆらと揺れているのがわかります。もっとも、ゆらゆらと揺れるように球速や回転数や回転軸やゴール地点を調整したので(ナックルのデータは論文からもってきたものではありません)。ただこの球速、回転数、回転軸で投げれば、ゆらゆらと揺れるナックルが投げられるということです。

 

ちなみにこの計算の精度について、Baseball Geeksというサイトに載っていたデータと比べてみました。

https://www.baseballgeeks.jp/mlb/%e3%83%a1%e3%82%b8%e3%83%a3%e3%83%bc%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%82%b0%e3%81%a7%e6%8a%95%e7%90%83%e3%81%95%e3%82%8c%e3%82%8b%e7%90%83%e8%b3%aa%e3%81%ae%e7%89%b9%e5%be%b4/



×がBaseball Geeksのデータ、●が今回の計算結果です。まあBaseball Geeksのデータは2016年のMLBの平均値で、今回の計算結果は大学生・社会人・プロ数十名の平均値なので単純に比較はできませんが(球速などはMLBよりかなり遅いと思われます)・・・ともかく見ての通りです。だいたいの傾向は同じ感じですが、カーブやスライダーは計算では曲がりすぎなような気もします。ざっくり計算なので、お許しください。

 

変化球が曲がるのはなぜかを調査(2.変化球紹介編)

変化球の種類について調べてみました。といっても、今回はウィキペディアの内容をまとめただけですが。それでは早速いきましょう。

・ストレート(フォーシーム)

いわゆる直球です。ボールが1回転する間に縫い目が4度見えることから、フォーシームとも呼ばれます。

人差し指と中指を、やや隙間を空けて握ります。

回転はバックスピンとなります。図の回転軸は投手から見たもので、右手の親指だけを立てて矢印の方向に合わせたときに他の四本の指が巻いている方向に回転します。右ねじの法則ですね。

バックスピンにより、上向きの揚力が発生します。ただ人間が投げる場合、多かれ少なかれシュート回転をしているため、多少は右方向(右投手の場合。以降同じ)への揚力も発生します。

スピン量が多くて(=回転数が多い=スピンパラメータが大きい)揚力が大きいストレートを、キレがよいとか伸びがあるといいます。揚力が大きいと浮き上がって見えますからね。

 

ツーシーム

ストレートと同じように人差し指と中指で握りますが、握ったボールの向きがフォーシームとは90度違います。ボールが一回転する間に縫い目が二度見えることから、ツーシームと呼ばれます。

握りがわずかに違うことで、フォーシームよりもシュート回転し、スピン量は低下します。そのため、フォーシームよりも右に動き、上向きの揚力が小さいことから沈みます。こういうと「それもうシュートじゃね?」と言われそうですが、実際ツーシームとシュートはほぼ同じだそうです。

ちなみにツーシームが沈む理由として、「縫い目が二回しか見えないから揚力が小さいのだ」という説がありますが、私が調べた限りでは「そもそもスピン量が違う」という説の方が有力な気がします。指の縫い目へのかかり方によって、スピン量が微妙に変わるらしいです。

 

・シュート

ストレートと同じ握りで投げられます。

バックスピンと、上から見て時計回り(右投手の場合。以下同様)のサイドスピンがかかります(以降シュート回転といいます)。バックスピンにより上向きの揚力、シュート回転により右向きの揚力が発生します。

右投手が投げると右打者に近づく方向へ曲がるので、内角を狙ってバットの根元で詰まらせたり、外角のボールゾーンからストライクゾーンに入れたりします。

 

・シンカー(スクリューボール

投げ方には様々なバリエーションがあります。

回転数が少ないため小さな揚力と、シュート回転により右向きの揚力が発生します。

よく使われる定義として、シンカーは直球の軌道から曲がり落ちる。スクリューボールは逆方向のカーブのような軌道で浮き上がってから落ちる、といわれます。

サイドスローアンダースローの投手が投げやすく、よく使うそうです。

 

・スライダー

一般に人差し指と中指を並べて握り、切るようにして投げます。

バックスピンと、上から見て反時計周りのサイドスピンがかかります(以下、スライダー回転といいます)。バックスピンにより上向きの揚力、スライダー回転により左向きの揚力が発生します。

スライダーのうち、バックスピン・スライダー回転の強いものを横スライダーと呼び、バックスピンが強ければあまり落ちずに横滑りをする球、スライダー回転が強ければ大きく横滑りをしながら落ちる球となります。

一方スライダー回転をしながらジャイロ回転(後述)もするものを縦スライダーといいます。バックスピンが弱いために落下し、ジャイロ回転により初速と収束の差が小さくなります。

 

カットボール(真っスラ)

ストレートの握りから人差し指を少し中指側にずらして握り、リリースの際にボールを切るようにして投げます。真っスラとも呼ばれるように、ストレートとスライダーの間の球種です。

バックスピンとスライダー回転が掛かります。バックスピンにより上向きの揚力、スライダー回転により左向きの揚力が発生します。

ストレートとの見分けがつきにくく、特に左打者のバットの根元で詰まらせる際に有効です。

 

・カーブ

一般的に手首を深く曲げて、リリースの際には指先で弾くように回転を与えるか抜いて投げます。

トップスピンとスライダー回転がかかります。トップスピンにより下向きの揚力、スライダー回転により左向きの揚力が発生します。よって左に曲がりつつ、どの球種よりも落ちる球となります。

カーブにはいろいろ種類がありますが、ここでは間違えやすいナックルカーブを紹介します。ナックルカーブはナックルに似た握りをするだけで、強い回転をかけて通常のカーブよりも大きく縦に落ちます。ナックルのように無回転ではなく、よってゆらゆら揺れたりはしません。

 

・チェンジアップ

わしづかみにして投げるなど、ボールに力が伝わらない握りで投げます。

ストレートよりも球速が遅く、また回転数が少ないです。よって揚力が小さく、沈んでいきます。

 

・フォーク

ボールを挟むようにして握って投げます。

回転数が少ないため、揚力が小さくなって落ちます。

手首や腕の振りが直球と同じかつ、その軌道から打者の近くで急激に落下するため打者には直球との判別が難しく、変化も大きいことから空振りを奪うために使われます。

 

・スプリット(SFF、スプリットフィンガーファスト)

フォークより浅い握りで投げます。ストレートとフォークの間のような球種です。

ストレートよりはわずかに少ないバックスピンがかかり、上向きの揚力がやや小さくなります。そのためフォークよりは球速が速く、小さく落ちる球となります。

ストレートとフォークの見極めよりもストレートとスプリットの見極めの方が難しく、変化量は小さいながら打者を惑わします。

 

・パーム

手のひらて包むようにして投げます。

球速が遅く、かつ回転数が少ないため、小さな揚力が発生します。リリースの直後から縦に大きく落ちる変化をします。

リリースの瞬間に手のひらを転がり、高めに投げるように見えてそこから落ちるので打者の視線が上下します。

 

・ジャイロボール

これは少し特殊で、進行方向に回転軸を持ちます(図では画面から飛び出す方向)。進行方向と回転軸が平行なので、揚力は発生しません。また、前回の変化球の仕組みで「ボールの縫い目によって空気が乱されて乱流が発生し、後流が小さくなって抗力は減少する」というお話をしましたが、ジャイロボールではますます空気が乱れやすくなります。そのため後流が小さくなり、ストレートよりも抗力が減少することが知られています。

中でも右の図のツーシームジャイロは、抗力がかなり小さいです。回転するときに縫い目が不規則的に通過するので、空気が乱れやすいからだそうです。一方左の図のフォーシームジャイロは回転するときの縫い目が規則的に通過するので、ツーシームジャイロよりは抗力が大きくなります(それでもストレートよりは小さいですが)。

抗力が小さいということは、減速しづらく、初速と終速の差が小さくなることを意味します。よって打者はタイミングがとりづらくなります。

 

参考文献

溝田武人、小西弘明、錦織大介、硬式野球ボールの変化球に関する研究(縦スライダーの空気力測定と飛翔軌道解析)、日本機械学会講演論文集No.38-1、143-144(2003)

横山佳之、宮嵜武、姫野龍太郎、ジャイロボールのドラッグクライシス

ながれ27、403-409(2008)

 

・ナックル

一般的に、指を立てて握り、回転を与えないようにして投げます。

ほぼ無回転なので、回転による揚力は発生しません。不規則に揺れながら、重力によって落ちていきます。

「不規則ってなんやねん! そんな曖昧な言葉で納得できるかい!」

そうですよね。私も調べてみました。そこで丁寧に説明してくれている論文を発見したので、ここではその内容を簡単にまとめたいと思います。

上でも書いたように、ナックルに回転はほとんどかかっていません。ではなぜボールが動くかというと、それはやはり後流のせいです。

前回、縫い目があると空気が乱されて乱流が発生し、剥離位置が後方へ移動するという話をしましたが、ボールは縫い目だらけというわけではありません。ご存じのように、ボールの縫い目は百八つのみです。ただ高速で回転している場合、まあボール全体が縫い目の影響を受けるでしょうということです。

しかしナックルの場合はそうはいきません。ボールの場所によっては縫い目の影響を受けないところもあります。

例えば、ボールの角度が上の図のような場合(ちなみに上の図は、ボールを真上から見ています)。空気は前方の縫い目に当たって乱流となり、後方の縫い目の少し手前で剥離します。乱流になっているので剥離位置は後ろの方です。よって後流が狭くなり抗力は小さく、また剥離位置が対称なので揚力は発生しません。

しかし、ボールの角度が異なると話は変わってきます。

例えば上の図のようなとき。ボールの右側(上の図のボールの上側)は先ほどと同じように、空気は前方の縫い目で乱流化し、ボール後方で剥離します。しかしボールの左側はどうでしょうか。最初の縫い目にはかすっている程度なのであまり乱流化せず、おまけに二度目の縫い目にぶつかって空気が剥がれてしまっています。その結果、後流の面積が広くなり、抗力は大きくなります。また左右で剥離位置が非対称なので、後流の向きが曲がり、右向きの揚力が発生します。

もう一つ、ボールの角度が違う場合も見てみましょう。

今度はボールの右側も左側も、最初の縫い目には当たりません。ボールの真横に来たところで縫い目に当たり、そこで空気が剥がれてしまいます。そのため後流の面積は最大となり、抗力も最大となります。また剥離位置が再び対称になったので、揚力は0となります。

 

以上のように、ナックルのように回転数が極端に小さい場合、ボールの角度によって抗力や揚力が異なってきます。論文に載っている実験結果はこんな感じ。

つまりナックルは不規則に揺れているのではなく、ボールの角度によって動く方向が変わるわけです。打者の手元に届くまでに45度回転したら、横向きの揚力は上がって下がるので、だんだん右に行く力が強くなり弱くなります。打者の手元に届くまでに90度回転したら、横向きの揚力はプラス→マイナスとなるので、最初は右に行く力が働き、次に左へ行く力が働きます。では打者の手元に届くまでに180度回転したら? ボールは右へ行き、左へ行き、右へ行き、左へ行きます。これがナックルが揺れて見える理由です。

 

参考文献

溝田武人、久羽浩幸、岡島厚“ナックルボールの不思議? 第1報 準定常理論による飛翔解析とフラッター実験”、日本風工学会誌、第62号、3-13(1995)

溝田武人、久羽浩幸、岡島厚“ナックルボールの不思議? 第2報 硬式野球ボールのWake Fieldと空気力”、日本風工学会誌、第62号、15-21(1995)

 

変化球の種類について調べた結果は以上です。ジャイロボールとナックルの仕組みについては前回扱わなかったので、少し長くなってしまいました。基本的にはウィキペディアの情報なので、情報が浅いかもしれませんが、今回はこの程度で留めさせてください。

変化球が曲がるのはなぜかを調査(1.仕組み編)

変化球の仕組みについて調べたところ、一つではなく複数の説が出てきました。なのでここでは、個人的に納得できた説を自分なりに解釈してまとめたいと思います。

なお変化球の仕組みを説明するのは流体力学という学問になりますが、この流体力学というのは非常に奥が深いです。私も色々調べましたが、理解の追い付いていない部分が多々あります。難しかったら読み飛ばしてください。そして内容が間違っていたら、すみません。

 

では改めて、変化球が曲がる原因は何か。一言で表せば、後流です。

 

と言われても、後流とはなんのこっちゃという感じです。そこでまず、空気中をボールが進むときの流れを見てみましょう。

実際は止まっている空気中をボールが進むわけですが、わかりやすくするためにボールを止めて空気を流します。相対速度というやつですね。

 

これで何の問題もないように見えますが、実際の空気はこのようには進みません。下の図に示すように、ボールの中心(図の①)に比べてボールの後方(図の②)では、ボールの分だけ面積が広くなっています。ここで、空気の量は面積×速度で表されるのですが、①から②に進む間に空気の量は変わらないので、面積が広くなる=速度が遅くなるということになります(質量保存則)。さらに、速度が遅くなると圧力が高くなるという法則があります(ベルヌーイの定理)。……まあこのあたりも流体力学の小難しい話なので、細かくは突っ込みません。ベルヌーイの定理は「変化球 仕組み」でググると出てきますかね。

さらに小難しい話が続きますが、もう一つ。実際の空気は、粘性という性質を持っています。粘性を持つと摩擦が発生します。ボールに近いところの空気は、ボールとの摩擦により引っ張られ、速度が小さくなります。そんな状態で圧力の高いところへ突っ込んでいくので、速度はますます小さくなり、ついにはボールから数ミリの厚さまでは速度が0に達します。するとそれまでボールに沿って進んでいた空気が、ボールから離れるのです。これを剥離といいます。

さて、剥離が起こるとどうなるか。空気の流れはこのようになります。

先ほどの剥離していない図と比べると、ボールのすぐ後ろの領域では空気がすかすかになっていることがわかります。この領域を後流といいます。そう、これが後流です。

 

後流にたどり着いたところで、今更ですがボールに働く力についてまとめます。

1.重力

重力の説明は省略します。計算は以下の式でできます。

mはボールの質量、gは重力加速度(=9.8 m/s²)です。

 

2.抗力

いわゆる空気抵抗です。抗力には大きく分けて二つあります。

2.1.粘性抵抗

先ほど、空気の持つ粘性という性質によって摩擦が生まれるといいましたが、その摩擦による抵抗を指します。粘性抵抗は速度に比例します(F=kv)。しかし速度が速いとき(厳密に言えばレイノルズ数というものが大きいとき)は無視していいほど小さいらしいので、今回は取り扱いません。

2.2.慣性抵抗

慣性抵抗の原因は、後流です。後流は剥離によってボールの後ろ側に生まれる、空気がすかすかの領域です。後流が発生すると、ボールの前後で空気の量に差が生まれ、圧力の差ができます。圧力の高い空気が圧力の低い方へとボールを押すため、力が生まれます。

抗力は以下の式で表すことができます。

CDは抗力係数、ρは空気の密度、vはボールの速度、Aはボールの断面積です。

「抗力係数とはなんぞや」という質問には、後ほど答えます。

 

3.揚力[1]

揚力はボールが回転しないと働きません。ということで、ボールが回転したときの空気の流れを見てみましょう。

回転するボールに引きずられて、ボールの上側では空気の剥離する位置が後方へずれ、ボールの下側では剥離位置が前方へずれています。その結果、後流はやや下へ曲げられる格好になります。進んでいた空気が曲がるとどうなるか。車がカーブを曲がるときと同じように、遠心力がかかります。上側の空気はボールから離れる方向へ、下側の空気はボールに押し付けられる方向へと力がかかるのです。これにより、ボールの上側では空気が疎になって圧力が小さく、下側では空気が密になって圧力が大きくなります。めでたく圧力差が生まれ、ボールは上へと押されるわけです。

揚力は以下の式で表すことができます。

CLは揚力係数、ρは空気の密度、vはボールの速度、Aはボールの断面積です。

「揚力係数とはなん……」という質問には、ここでお答えましょう。

 

揚力係数は物体の形状と向き、流体の物性、マッハ数、レイノルズ数などによって変化します。が、「など」と言われても困ります。

そこで縫い目のないボールで実際に実験をした結果[2]を見てみます。

もちろん私が実験したわけではなく、論文に載っていたデータをめちゃくちゃ簡略に書いたものです。先ほど放置した抗力係数についてもまとめて述べますが、抗力係数CDと揚力係数CLはこのようになるそうです。ここで横軸のSPとはスピンパラメータのことで、ボールの回転数と速度の比を指します。SPは以下の式で書くことができます。

rはボールの半径、fは回転数[rps]、vはボールの速度です。

SPはボールの回転数が増えれば増えるほど大きくなります。そのため回転数が多い=SPが大きい=曲がりも大きい、となるかと思いきや、そうではないようですね。抗力係数も揚力係数もSPによって上下します。この理由にも、やはり後流が関係してきます[3]。

 

まず①の領域では、ボールの回転に引きずられて、ボールの上側では剥離位置が後方に、ボールの下側では剥離位置が前方へ移動します。そのため後流が下を向き、上向きの揚力が発生します。回転数が大きくなれば大きくなるほど、空気が引きずられて剥離位置がずれていくので、揚力係数は大きくなります。また抗力係数は緩やかに大きくなっていきます。……が、①の領域の抗力係数については一定という実験結果もあり、ここだけは少し曖昧です。

問題は②の領域です。揚力係数はぐっと下がり、抗力係数もやはりぐっと下がっています。これは負のマグナス効果と呼ばれる現象です。

流体は速度が上がると、乱流という状態に移行します。文字通り乱れている流れですね。

乱流が発生すると、渦が空気(厳密に言えば運動量、空気の質量×速度)を壁面に供給してくれます。そのため、空気がボールの壁面に長くとどまることができ、剥離する位置が後方へずれます。乱流は速度が速い場合に発生するので、この剥離位置のずれは、まずボールの下側で起こります。ボールの下側では、ボールの回転方向と空気の流れが逆で、ボールに対する空気の相対速度が速いですからね。

下側の剥離位置が大きく後方へずれたことにより、後流が上を向くので、揚力は下向きに働きます。また後流の面積がぐっと減るので、ボール後方の圧力の低い領域が小さくなり、圧力差が小さくなって抗力も低下します。これが②の領域で起こる現象です。今さらっと説明しましたが、抗力を左右するのは後流の面積の大きさです。したがって先ほどの①の領域では、回転数が増えるにしたがって後流がやや大きくなっていると言うことになりますね(①では抗力が変わらない説を唱えるなら、後流の面積は変わらない)。

 

続いて③の領域。ここだけは説明してくれる論文が見つからなかったので、私の考えを述べさせていただきます。といっても、②の説明とほとんど同じですが。

先ほどボールの下側で乱流が起こり、剥離位置がずれるという話をしましたが、さらに回転数が上がればボールの上側でも流れが乱れ、乱流が起こることが予想されます。すると後流はこんな感じになるはずです。

ボールの上側の剥離位置が下側の剥離位置を再逆転し、後流は再び下向きになります。その結果、揚力は再び上向きに働くようになります。またボールの下側のみならず上側も剥離位置が後退したことから、後流の面積はさらに減少し、抗力はもっと小さくなります。

 

最後に④の領域では、乱流への移行が終わり、再びボールの回転の影響が効いてきます。ボールの回転により剥離位置が引きずられ、ボールの上側では剥離位置は後方へ、ボールの下側では剥離位置は前方へ移動します。その結果後流は下向きになり、上向きの揚力が発生します。また後流の面積が大きくなるので、抗力も増加します。

 

以上、後流に注目しながら、回転数が大きくなる(=SPが大きくなる)と揚力・抗力がどうなるかを見てきました。ざっくり言えば、回転数の増加に伴って揚力は増加→減少→増加、抗力も増加→減少→増加します。しかし、実際の野球ボールを投げた際、揚力・抗力の変動はこのようにはなりません。

 

「なんでやねん!」

と思った方。さりげなく書いたのですが、上のグラフは縫い目のないボールにおける実験結果です。縫い目がないときの揚力・抗力の変化と、縫い目があるときの揚力・抗力の変化はまた違うのです。

では、縫い目があるとどうなるのか。縫い目により空気の流れが乱され、乱流が起こりやすくなります。縫い目がないときのグラフの①と②の領域はもう存在しません。しょっぱなからボールの上側と下側で乱流が起こり、剥離位置は後方へと移動します。これにより抗力は減少します。同時に、剥離位置は回転により引きずられるので、後流は下を向き上向きの揚力が発生します。

乱流への移行が終わったら、あとは④と同じですね。グラフで表すとこんな感じ。

抗力は減少→増加、揚力は増加します。これが野球ボールの抗力係数・揚力係数の変化です。

 

以上が変化球の仕組みについて調べた結果です。まとめます。

 

ボールに働く力

・重力

 地球に引っ張られる力。以下の式で表せる。

・抗力

 空気が剥離→後流の発生によりボールの前後で圧力差が生まれる。圧力差により、ボールの進行方向に対して前から押される。抗力係数は回転数の増加に伴い、乱流により剥離位置が後方へ移動して減少→乱流遷移が終わって増加。以下の式で表せる。

・揚力

 剥離位置が非対称になり、後流が上下を向くことにより生まれる。縫い目のあるボールではいきなり乱流に推移するので、効いてくるのはボールの回転に引きずられる剥離位置の非対称のみ。よって回転数の増加に伴い、揚力係数は増加。以下の式で表せる。

 

以下は余談ですが、私が調べた変化球の仕組みの説の一つに、ベルヌーイの定理に基づくものがあります。ベルヌーイの定理とは、簡単に言えば圧力と速度のエネルギー保存則です。式で表すとこんな感じ。

ボールの速度をv、ボールの回転速度をvr=2πrfとすると、ボールの上側の空気の速度はv+vr、ボールの下側の速度はv-vrなので、

となり、上側と下側の圧力差が算出されました。ボールに働く力は圧力×面積で表せるので、まあボールの全断面積に圧力差は生じないとして、1/4くらいの面積を考えると、

と表せます。

一方、剥離位置から導く揚力はF=CLρv²A/2で表せます。揚力係数CLは、縫い目のある野球ボールを人間が投げられる範囲では、スピンパラメータSP=2πrf/vに比例するという実験結果があります。これを揚力の式に入れてみると、

なんとベルヌーイの式から求めた結果と一緒になりました。

ただベルヌーイの式の途中で使った「面積はなんとなく1/4説」がかなり怪しかったり、ベルヌーイの式では揚力が下を向く負のマグナス効果が説明できなかったりするので、ここではあまり推せなかったというのが個人的な感想です。

 

参考文献

[1]丸山祐一、“マグヌス効果の物理的メカニズムについて”、日本航空宇宙学会論文集、Vol57、No.667、309-316(2009)

[2]宮嵜武、守裕也、“身近な流れの制御”、ながれ38、443-448(2019)

[3]高見圭太、宮嵜武、姫野龍太郎、“バックスピンする球体に働く負のマグナス力~飛翔実験による測定~”、ながれ28、347-356(2009)